ISBN:4334924727 単行本 荻原 浩 光文社 2005/10/20 ¥1,575
元エリート銀行員だった牧村伸郎は、上司へのたった一言でキャリアを閉ざされ、自ら退社した。いまはタクシー運転手。公認会計士試験を受けるまでの腰掛のつもりだったが、乗車業務に疲れて帰ってくる毎日では参考書にも埃がたまるばかり。営業ノルマに追いかけられ、気づけば娘や息子と会話が成立しなくなっている。ある日、たまたま客を降ろしたのが学生時代に住んでいたアパートの近くだった。あの時違う選択をしていたら…。
第134回直木賞候補作。
題名と、帯の説明から、てっきり『バック・トゥ・ザ・フューチャー』みたいに過去に遡って人生をやり直したりするSFかと思っていたのだが、全然違った。別の人生に入り込むのは、中年タクシードライバーの脳内妄想が展開されている瞬間だけなのだ。
糞みたいな銀行を辞めざるを得なくなり、タクシードライバーとなった中年男。妻とも会話がなくなってきて、娘には無視されるし、息子はゲームばかりで言う事を聞かないしで、どうにもやるせない状況に。せっぱつまって腰掛け就職したタクシー会社も、営業成績が振るわず、もしもあの時ああしていれば……、という脳内妄想に逃避しまくるのである。
人生、何やっても糞だらけです。読んでいる自分までが、やるせなくなってくる前半。そのうち、視点をほんの少しズラして、人生の賽の目が違って来る。とはいっても、劇的に好転するというご都合主義な展開は微塵も無い。かつて別れた女性の家付近でタクシーを止め、ちょっとストーカーっぽくなっている中年男性は、その場所で長距離客を拾い始め、営業成績が上がりだす。単なる偶然による幸運かと思いきや、そうでは無かった。何事も、理由の無い幸せなど無いのである。(理由無き、理不尽な不幸ならあるけど。)
最初は嫌な奴らにしか思えなかった家族が結構いい人達で、別れてしまったがために理想化された女性も悪魔な部分があったりと、後半の展開は絶妙。最後の、元上司が泥酔して乗車して来たからいたぶるシーンはストレス解消になった。
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