自己複製を続けるDNAに導かれ、人類はどこへ向かうのか。ダーウィン主義の真髄にせまる。自己複製を続けるDNAの川。その川の流れを遡ることは生命そのものを理解することである。またこれから、進化はどのような流れを辿るのか。徹底した論理思考で、ドーキンスが突然変異と自然淘汰の真髄を語る。
『遺伝子は自分の子孫を多く残す事のみを考える』
リチャード・ドーキンス
ゲーム『パラサイト・イブ』のオープニングにある文章である。ゲーム上の内容も、生物と同化して、細胞の一部となったミトコンドリアが覚醒するというホラーなのだが、すべての人類の体内にあるミトコンドリアは、共通の祖先からもたらされたモノであるらしい。
その人類共通の祖先を、ミトコンドリア・イブというのだが、遥か昔にいた、たった一人の女性から人類が産まれたという事ではないらしい。イブ以外にも、仲間がいたのである。イブ以外のミトコンドリアが現存しない理由は、ミトコンドリアは必ず母親から受け継がれるからである。他のミトコンドリアは、子孫を残す過程で男を産んでしまった。長い年月を重ねる間に、子孫に必ず女性を残してきたものは、ミトコンドリア・イブの家系だけだったのだ。
全人類が同じミトコンドリアを共有しているという事は、ある意味、「人類皆兄弟」というのは正しいとも言える。先祖をたどれば、どこかで共通する人間に行きつくという事だ。さらに、その先祖を生命の始まりまでたどると、途中で生殖に失敗したものが存在しないという事実が浮かび上がる。DNAの旅が途中でたった一度でも挫折していれば、我々はここにいないのである。まさに、天文学的な確率の上に、危うく人類が存在している。
〜引用〜
われわれの祖先に幼くして死んだものはまったくいない。彼らはみな成熟し、そのどれもが少なくとも一回は異性の相手を見つけ、交尾に成功したのだ。われわれの祖先は残らず、少なくとも一人の子供を世に送り出す前に、敵やウイルスに倒されたり、断崖で足を踏み外したりすることがなかった。
『遺伝子の川』リチャード・ドーキンス
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